ichijyoin0805のblog

2008年08月

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 当山本堂の右側中央に黒色の十一面観音菩薩像が安置されている。この観音像は、昭和初期に一乗院に運ばれたものである。
 前に述べたが一乗院は、島原の乱後、島原城主高力摂津守忠房公の時代、島原城下にも約二千坪の敷地をもつ寺院を所有していた。その一乗院主空性が法に触れ、雲仙へ退いた後、島原の一乗院跡地は天台宗の大乗院となり、天和元年(一六八一)一月十七日、大乗院は慈雲山松栄寺和光院と改められ、明治初期までその法灯を灯していた。表紙裏の地図以降に書かれた島原城内外の図には、かつて一乗院のあった場所に和光院と記されている。
 ここで、和光院について少し述べると、和光院は城主松平家の寵愛を受けた寺院で、城主より石高百石を賜って江戸時代は隆盛を極めていた。そんな、和光院であったが、寛政四年(一七九二)の島原大変の際に、堂宇もろとも土石流に流され一時壊滅の危機に遭遇した。当時和光院にあった十一面観音菩薩像も例外ではなく、土石流に流され行方が分からなくなっていたという。そんな中、和光院の信者の夢に、流された十一面観音がお立ちになり、ご自分の居場所をお伝えになられ、実際にそこに行ってみると観音像があったという。それから、その十一面観音菩薩像は島原大変を乗り越えられた仏像として和光院にて大切に祀られていたという。
 しかしながら、時は明治に入り、前述の神仏分離・廃仏毀釈の法難により、温泉(雲仙)の一乗院と同様に藩主松平氏の力によって維持され、さらには檀家の無かった和光院には、廃寺への道しか無かったのである。現在は、当時の和光院のあった場所に五坪余りの観音堂が静かなたたずまいを見せている。堂内に入ると、須弥壇の中央には大蓮弁の台座のみが残っていた。
 昭和の初期まで、和光院は前述の島原大変を乗り越えられた十一面観音菩薩像を護持してきたが、諸事情により護持運営が難しくなった。そこで和光院は、和光院が出来る前、島原の地に存在した一乗院に、この大切な十一面観音菩薩像を寄附することになった。現在、和光院には十一面観音菩薩像を寄附した時、当時の一乗院住職十七世淳海が書いた書状が残っているという。
 こうして、和光院で大切に護持されてきた十一面観音菩薩像は、ご縁あって一乗院に来られた。和光院の歴代先師尊霊の為にも、当山の続く限り大切に護持し、島原大変の惨劇を語り継いでいかなければならない。

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先日北海道に三年ぶりに訪れた時の話しです。
まず衝撃を受けたのが、湿度がなく、さわやかな空気ということでした。
湿度にまみれ気温三十五度の長崎から、十六度の北海道へ。とにかく、寒い!!

そういえば、嫁をもらいに初めて挨拶に行った時は、三月の初旬、流氷で海が真っ白でした。車から降りた途端、雪の上で思いっきり転倒、嫁の実家に行く前に靴屋で新しい冬用の靴を購入したのを思い出しました。

息子達と車で移動中に、大きなフキを発見!長崎ではツワブキという食卓に並ぶ細いフキしか見たことが無かったので、こんな大きなフキがあったのか!と少々感動しました。

そこで嫁は北海道の民話にある、アイヌ語で「蕗の葉の下の人」というコロポックルの話しを息子達に聞かせていました。確かに、これだけ巨大なフキがそこら中に生えているなら、可愛い小人も出てくるのかもしれません。

さらに、「カムイアポニカアーホイヤ」と突然嫁は言い出し、何でも、北海道の小学生なら誰でも知っているアイヌ語だそうです。現在、アイヌウタリの方々が、政府に対し「北海道外に居住しているアイヌ民族の権利に関する要望書」を提出するなど、様々な問題があるようですが、その土地の文化として、末長く子供たちに継承して欲しいものだと思います。

23日から26日まで北海道の紋別市に行ってきました。

行きと帰りは、ほぼ一日かかるので、正味2日の滞在です。なぜ北海道かと言いますと、妻の父の法事に参列するために家族みんなで行ってきました。

さすがに北海道は涼しかったですよ。24日なんかは最高気温が14度で外は肌寒いくらいでした。日本もなかなか広いですね。

24日は法事で北海道の親戚の皆さんと久しぶりに会えて良かったです。

25日は家族サービスで、あの有名になった旭山動物園に行ってきました。妻と子供達は毎年行ってるみたいですが、私は3年ぶりだったので、新しい展示物なんかも増えていて新鮮でした。見せ方がさすがに上手いですねえ。機会があれば是非一度行って見られてはと思います。

昨夜、無事に家族一同病気もなく長崎に帰ってきて、再び現実に逆戻りです。短い私の夏休みも終わりましたので、お寺の護持に努めたいと思います。

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昨日午後より本日昼前までの日程で開催いたしました「温泉山一乗院一日修行体験」が無事修了致しました。今年は小学3年生と4年生の合計23名の子供達が、お寺に一泊泊りの修行に参加してくれました。

今年の子供たちは、5~6年生がいなかったせいか、話しを聞く準備が出来ていなくて例年の半分程度の内容しか話すことが出来ませんでした。一言話すと反射的に何か反対のことを言う子供が何人かいて、良くテレビ等で言われているような、授業にならないということが、こういうことを言うのかなと思ったりしています。

こういう状態だからこそ、我々は、お寺を通じて子供たちに命のことを考える機会を創っていく必要があるのではと思います。今まで以上に体力的に、精神的にしんどいですが、来年も今のところやるつもりでいますので、応援よろしくお願い致します。

8月21日、恒例となりました一日修行体験を開催いたします。

内容は、小学校3年生から6年生を対象に、お寺で一泊してもらい、その中で、お寺でしか体験できないことを体験してもらい、日々の生活に役立ててもらえたらと思い始めた行事です。

青少年の凶悪犯罪が増加している現代に於いて、子供たち一人一人が自分が生きているということの素晴らしさ、尊さ、儚さを自覚する機会があれば、そういった犯罪に巻き込まれそうになったとき、立ち止まることが出来るのではないかと思い、今年もがんばってみようと思っています。

明日は23人の子供たちがお寺にやって来るので楽しみです。また写真とかもアップしたいと思っておりますのでお楽しみに!

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