ichijyoin0805のblog

2011年04月

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 一乗院山門の横に咲いている藤の花です。
 加津佐地区のある総代さんから、今の本堂を新築した時にいただきました。

 今日はその総代さんの初七日でした。とても元気な方でしたが、最後は家族、そして地区の仲の良かった方々に見守られながら、75歳の生涯を終えられました。

 その方はうちの住職の8歳上ですが、良い兄貴分だったときいています。毎年七月に行われる一乗院の石垣清掃にも、地区の方々を率いて来てくれました。とにかく元気で男気のある方で、奥さんもいつもニコニコしていて、感じの良いご夫婦でした。

 
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 現在の一乗院の参道です。写真のように整備されていますが、昭和四十年代は百八段の石段でした。本堂、庫裡までは道路が無く、誰もが(寺族も)階段を上ってお参りをしていました。
 しかし、庫裡、本堂も老朽化が進み、新しくする際にはどうしても「道」が必要でした。
 悩む若き住職に助言をし、そして支えてくれたのがこの総代さんでした。

 新しく何かをするときは、必ず壁に当たります。百八段の石段を壊し、「道」にするときは反対の声も沢山あったそうです。でも、「道」ができなければ一乗院の本堂は出来なかったのです。

 今、こうやって本堂があるのは、その当時の総代、檀信徒の方々の協力の下培われたものです。そのことを忘れずに、お寺を守っていこう、そう思いました。

 ちなみに参道は両端はでこぼこにし、中央はコンクリートを平らにしています。本当はミキサー車が上るためにすべてでこぼこでしたが、ある日、「この参道では、ハイヒールが突き刺さって、上れないじゃない!」という指摘を受けたため、ハイヒール専用?コンクリートの道ができました。しかし、この部分、大きめの車はよくスリップします。一乗院に大きめの車でお参りされる方は、ご注意下さい。

    
                          久しぶりテラのヨメ

去る4月13日から15日、和歌山県の高野山にて全国奉詠舞大会が開催されました。

私も、昨年御詠歌の教師養成講習に行かせていただいた関係で、大会のお手伝いをさせていただきました。今年の奉詠舞大会は、「3・11東日本大震災-鎭魂と復興への祈り-」のサブタイトルのもと開催され、多くの参加者で賑わっておりました。

私達、青年教師の役割はといいますと、審査会場の司会進行、御詠歌と舞踊に出演される方の整理、それから舞踊の地唄です。

私も一通り司会、登壇の整理、地唄とやらせていただきましたが、なんと言っても舞踊の地唄は緊張の極みでした。この日のために出演者の皆さんは練習を重ねてこられるわけで、せっかくの舞いが、地唄が悪かったために台無しになってはいけないという思いが湧いてきます。

そういった意味でも今回の大会は、良い勉強になりました。

自分が地唄をお唱えしている時には舞踊を見させていただく余裕はほとんどありませんが、司会席に座っている時には一番近くで鑑賞させていただけます。御詠歌に関しても同様で、司会席は特等席です。

また、御詠歌の教師養成講習の同期の皆さんと久しぶりに再会できて良かったです。約一ヶ月を共に過ごした仲間ですので生涯の友人となりそうです。

また、それ以外でも今回の大会では、いろいろな方と再会できました。この良きご縁に感謝をし、高野山での皆様の祈りが震災で亡くなった方々の鎭魂と被災地の復興への光と成らんことを願っております。

奉詠舞大会の関係者の皆様お疲れ様でした。

本日、檀信徒の皆様とともに、東日本大震災物故者追悼法要を執り行いました。

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真言宗僧侶として、3月11日に起きた震災で被災された方のことをいろいろ考えておりました。

長崎でも次第に義援金の募金、托鉢等、様々な形での支援の動きが出てきた中で、寺として、一僧侶として何が出来るかを考えておりました。

そんな中、一番悲惨な境遇にあられるのは、震災でお亡くなりになり遺体が発見されても引き取り手のない方々ではないのかと思うようになりました。なぜなら、そういった方々は、身内も含めて一家すべてがお亡くなりになったから、だれも遺体を引き取ることが出来ないのではないのかということです。

同じく津波で一家すべてが流された方、地震や火事で一家が全滅された方も全く同じで、葬式はもちろん、その後の供養も全くなされないのではないでしょうか。

最近思うことは、葬儀とは人生の最後であり、葬儀によって人は歴史の1ページ(過去帳やお位牌)に名を連ね、残された縁ある人々が催す法事という故人を回想する機会によって、残された遺族や親戚の縁を深める存在になります。

よって葬儀や法事は亡くなった方のためだけでなく、残された方々のためでもあり、さらには残された方々によって故人はこの世に生きた証を残しているのではないかと考えております。

だとすると、一家が全滅したらどうなるかというと、葬儀がないのはもちろん、故人を供養する人もいないわけですから、忽然とこの世からいなくなるといった表現が的当かどうかは分かりませんが、私にはそんな思いが致します。

ですから、最近葬式はいらないなどという妙な風潮がありますが、古来から伝わるこんなにも意味のある葬儀を出来るのにやらないというのはどうかと思いますし、後々後悔したという話も聞いたことがあります。

よって、震災でお亡くなりになった葬儀もままならない方々の為に、葬儀は出来なくとも、お経や御詠歌ぐらいはこの長崎の地からお唱えできるのではないかと考え、この度の法要を企画いたしました。

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法要にご賛同いただいた方には、物故者の皆様の施主になっていただきお布施を包んでもらい、そしてそのお布施は全額義援金として被災地にお送りする旨のご案内を致しましたところ、多くの方々のご参詣を得ることが出来ました。

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ご参詣の方々には、ボランティアの皆さんに握っていただいたおにぎりのお接待を致しました。

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ボランティアの皆さんは、朝早くからお手伝いいただき本当に感謝致しております。

今回の法要を通して多くの方々のやさしい思い、何かしたいという気持ちに感動を覚えました。被災者の皆様は、つらく苦しい日々をお送りのことと思いますが、長崎の地でも、皆様のことを思う人が、こんなにたくさんいるということも知っていただければと思います。

今回いただいた貴重なお布施は、当山の本山であります京都の仁和寺に明日全額送金させていただき、仁和寺を通じて被災地の皆様への義援金となるそうです。

被災地の復興と被災された方々が一日も早く元の生活を取り戻されることを願っております。

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