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2013年03月


昨日3月27日、唯一住職担当のお参りがなく
小学校春休み期間中最初で最後の家族日帰り旅行にいってきました。行き先は・・・
長崎県平戸市田ノ浦地区

自坊一乘院より98.8キロ、片道三時間ほどかけて行きました。
テラのヨメが、二年ほど前からどうしても行きたいと切に願っていた場所です。

空海が最後に日本を離れた場所、それが田ノ浦であります。

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弘法大師空海は、密教の奥義を学ぶため、唐(中国)に渡ることを決意し、
延暦二十三年(804)三十一歳の時、留学生として第十六回遣唐使船で難波を出航。

日本後記には、「難波津を出航、博多を経由し7月6日、
肥前国松浦郡田浦から入唐の途についた

と記されています。⇧この、田ノ浦に行って来ました。

入唐山開元寺とありますが、実際には寺院があるわけではなく、
顕彰碑と法要殿があるのみです。
石造の厨子のなかに、弘法大師の石仏が安置されていて、
また、法要殿においては五月に智山派による『田ノ浦法要』が勤修されているそうです。


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近くに民家もほとんどなく、空海にまつわる「もやい木」や「腰掛け石」には
猪対策の策が張ってあるため、近くまで行くことが出来ませんでした。…残念


それで、そこには何があったの?
と問われれば、

何も無かった

としか言葉を知らないテラのヨメは語ることは出来ないような場所でしたが、

1200年以上も前に、
この田ノ浦の地にお大師様がおられて、
ここにいたと感じる事が出来た

もうそれだけで胸が一杯で、始終テンション上がりまくりでした。
遺跡大好き、史跡大好き、ミーハーなテラのヨメですから。。。)


そして田ノ浦地区から足を伸ばし、となりの生月島まで行って来ました。
生月といえば、隠れキリシタンで有名な場所ですが、

御詠歌でとてもお世話になっている真言宗醍醐派の海生寺にお参りに行きました。
海生寺御住職様は不在でしたが、坊守様と若坊守様にお会いすることが出来ました。

最後の観光名所ということで坊守様お勧めスポットの大碆鼻灯台まで行き
自然を満喫・堪能してきました。

…まぁ、観光名所と言っても「田ノ浦」と「海生寺参拝」、「灯台」にしか行ってないんですが…。

昼は平戸ちゃんぽん、夜は小浜ちゃんぽんを食べ、長崎県民が長崎観光を満喫してきた一日でした。


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                           テラのヨメ

おはようございます、テラのヨメです。
気がつけば、長崎の桜は満開です。

3月20日、彼岸の中日に毎年恒例の
一乘院春季彼岸法会」を執り行いました。
当日はびっくりするぐらいの…

実はうちの行事には雨が降ることは滅多にないのです。

そんな雨の中でも当番地区の京泊、水ノ浦地区の方々22名が
法要のために早朝より一乗院に集結し、
御斎の準備、受付と一日頑張っていただきました。

雨…雨…雨…

と内心かなり憂鬱だったテラのヨメでしたがi||l|i(;゚∀゚;)||i|li; 
(かなりの小心者なので)
雨の中でも沢山の檀信徒の方々がお参りに来てくれました。

お目当ては…この方、吉田宥禪僧正!!

昨年、大好評だった落語家で僧侶の
岡山在住の吉田僧正に
わざわざ南串まで来ていただき、布教をしていただきました。

落語家名桂米裕さん、本名吉田宥禪僧正

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                         《photo 井上克幸氏 ↑ 》

なんというか…
福を呼ぶ笑顔がとても印象的です
少しだけ直接お話をする機会がありましたが、話す自分も自然と顔に笑顔が出てくるのですね。

本堂での法話は、ただ楽しい話だけではありません。
仏とは、布施とは、施しとは…
お寺にお参りし、布教を聴く機会が得られること
そして自分の中に何か一つでも得られるものがあったこと
これが一番大事です

もちろん本堂からも布教の間は笑い声が聞こえ、
(テラのヨメは庫裡にいたので、
スピーカーから流れる放送での布教でした…)
法話を聞きに来られた檀信徒の方々はとても喜んでいました。

話の途中、私が携帯のカメラで撮影すると、嫌な顔など全くせずに、
お茶目ポーズで本堂を笑いの渦に巻き込んでくれます。

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最後に写真を一枚といえば、この↑笑顔

遠方よりお忙しい中、布教のためにきていただき、
本当にありがとうございました☆

                                                             テラのヨメ



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