平成25年4月13日、温泉山一乘院中興の祖が出られた静岡県浜松市にあります鴨江寺に行ってまいりました。

私事ですが、昨年一月より一乘院住職を拝命し、11月に檀信徒の皆様のおかげをもちまして晋山式を執り行うことが出来ました。

そこで、一乘院の役員さん方と共に、かねてからの念願でありました鴨江寺参拝を思い立った次第です。実は、先代の私の父も晋山の後、当時の役員さん方と鴨江寺を参拝しておりまして、約25年の時を経ての一乘院からの参拝となりました。

もちろん私も、現在の役員さん方も鴨江寺参拝は初めてのことで、私に至っては静岡県に行くのも初めてで、行く前から楽しみで仕方ありませんでした。

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ここで、少し歴史を説明致しますと、1637年の島原の乱によって雲仙にあった温泉山一乘院の前身、温泉山満明寺はことごとく破壊されました。

当時の島原城主の松倉氏は改易され、次の城主として遠州浜松藩主であった高力忠房公が島原城主に移封されました。高力忠房公は時の将軍徳川家光公の信任厚く、乱で荒廃した藩を立て直すべく尽力し、その一環として、仏教の霊場として栄えていた雲仙(当時は温泉と書いて「うんぜん」とよんでおりました)を再興すべく、浜松城のすぐ近くにあります鴨江寺より、弘宥和尚を招聘し、温泉山(雲仙)の再興を命じられました。

その弘宥和尚によって、島原の乱で壊滅した温泉山満明寺は、1640年、温泉山満明寺一乘院として再出発しました。よって、浜松の鴨江寺より来られた弘宥和尚は当山一乘院中興の祖であり、その弘宥和尚から数えて小生は二十代目に当たるわけです。

鴨江寺は現在も立派な伽藍を有していて、この地より373年前にお越しになった弘宥和尚に思いを馳せ、感慨無量でありました。

今日は、雲仙にあります先住墓地へ、鴨江寺を参拝させていただいたご報告に参りました。

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きっと弘宥和尚もお喜びになって下さっているかと思います。

これからも、弘宥和尚をはじめとした先師の築いてこられた法灯を護持すべく、気持ちも新たに日々精進して参りたいと思います。