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2017年12月

旅inバリ島③




12月11日 バリ島滞在三日目

この日はバリ暦でいうKajen-Kiwonという特別な日でした。


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Kajen-Kiwon(カジャン・クリヨン)とは
ガイドブックには
悪霊が徘徊する特別な霊力が強くなる日と
書かれていましたが

現地の人々は

「大地の力が強まる日」
という
特別な日と教えてもらいました。


スディアナ氏ご夫妻と車にて移動中、

各村では
Kajen-Kiwonの日に合わせ
石碑が沢山並ぶ一角にて
祭祀行事が行われていました。

浩美さん「ここは、日本でいう墓地よ」

うん、ホント墓地っぽいです

沢山の飾り付けに沢山のお供え物
黄色やピンクの正装姿をした
多くの村人たちが
法要らしき行事をしているのを
沢山見ました。
(㊟車中でしたので、写真は一切ありません)


浩美さん「でも、バリ島の墓地には、お骨はないのよ」

??( ̄- ̄?).....??

詳しくバリ島のお骨事情を尋ねたところ

バリ島では亡くなると
遺体は一度棺桶に入れられ
土葬します

その後
決められた日に掘り起こし Σ( ̄Д ̄;)
火葬します

火葬したお骨は
すりつぶして粉にして

粉にしたお骨を
椰子の実に入れて
海へ流します

最後に
海から墓へ
だけ戻ってきてもらうというのです。




なので…
バリ島のお墓には
お骨は納められていないそうです。


ヨメ「日本はお骨を、陶器で出来た骨壺に大事に保管して
お墓に入れるので、ずーっと残ってますよ」


ある映画の影響で(映画はヨメも観ました。泣けました)
海での散骨が流行という記事が載ってました。

実際、海洋葬として
請け負っている葬儀社もあります。

バリ島でも
一種の海洋葬ではありますが

身体
お墓

という考えなので

椰子の実に入れて流したあと
魂はお墓に戻ってきて貰う儀式があるそうです。



車中でバリの葬儀につてい色々と詳しく尋ね

バリ・ヒンドゥー教僧侶になると
葬儀の準備まで最低一ヶ月はかかるそうです。

竹を組んで白い紙を貼り、
五メートルの巨大な牛の形を作り(青森のねぶたみたいな感じ)
山車のように移動できるようにし、
その中に亡くなった僧侶の遺体を安置し
自宅から火葬場へ向かいます。

超巨大棺桶です。

葬儀が終わった後は、
その白い巨大な牛と一緒に、
遺体を
火葬をするといいます。

すみません…
一ヶ月の準備後に遺体を乗せるっていうんですけど…
バリ島、暑いですよね…

スディアナ氏「うん、だから亡くなった後に、
すぐ遺体に注射するんですよ。
そしたら遺体は腐らない」

何ですか?その魔法の注射は…

そう、注射液の正体はホルマリン。

ホルマリンを体内に注射することで、
暑い場所でも、遺体の長期保存が可能だそうです。

スディアナ氏「なんで日本はドライアイスで
カチカチに凍らすんだろうね~。すぐ溶けるのに」

うん、何故ドライアイスでカチカチに凍らすのだろう…




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大雨、土砂降りの中

プナルンガン村にある
スクリ・スクラ(松井・荒木)慰霊塔向かいました。



そう

十二月はバリ島では雨季にあたり
日に何度もスコールがあります。

「あ、湿気が…」
外の空気が変わったら
ざぁぁと雨が降ります。

昨年の7月
荒木武友氏並びにインドネシア独立戦争物故者追善法会を
スクリ・スクラ(松井・荒木)慰霊塔にて行いました。



話のとおり
小中学校の校舎のすぐ側に記念塔は建っていました。

スディアナ氏ご夫婦が事前に連絡をしてくれていたので、

学校の校長先生、
教職員、村長、
そして地元のお巡りさん

みんなで

インドネシア独立戦争で戦死した
荒木武友氏松井久年氏
お参りをしました。



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墓前へのお供え物は
和泉屋の長崎カステラに焼酎です。
また、学校関係者の方々が
バリのお供え物を準備してくれました。


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荒木氏が生前
「自分が死んだときは、この島のやり方で
葬儀をして欲しい」

亡くなった後の事を
地元の村人にお願いしていたそうです。


荒木武友氏に関する残された資料を調べながら
ずっと気に掛かっていた言葉です。

多分
荒木氏は

たくさんの神様仏様がいる
このバリ島を

日本の神道仏教
重ねていたのではないかと
思います。

遺骨はもちろん残っていません。

でも
魂は還ってくる

そんな思いがあったのかと。

インドネシアが独立した後に定められた
二色の国旗

日本とインドネシアが
今も繋がっているような気がします。



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菩提寺住職として
また日本の真言宗僧侶として
二人のご供養のお勤めをしていると
不思議と雨も止みました。


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学校の先生や
近隣の方々によって
インドネシアの独立のために戦った日本兵のことは

今でも子供達に伝えられている

そう実感しました。





さて

プナルンガン村を後にし、



ウブドのビダ・ダリに移動し

敷地の奥に建立された祈りの場所
ビダ・ダリ曼荼羅にて

アグン山の沈静化バリ島の復興祈願のために

真言宗僧侶六名
ちびっ子僧侶二名(小学三年生)による

護摩供養法要

並びに

バリ・ヒンドゥー教の祈願法要を

執り行いました。


宗教は違えども
拝む仏も違えども

思いは同じ

バリ島の復興の為
アグン山の沈静化のため

バリ島民の為に

祈ります



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法要の合間などには
地元の少年ガムラン隊の演奏がありました。


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にこにこ笑顔の
感じの良い少年達です。

今年11月のアグン山噴火という自然災害が
バリ島自体を窮地に陥れました。

「国際空港が封鎖!」
なんて記事が載ったおかげて

ツアーの取りやめ、
ホテルのキャンセルが相次いでいるそうです。

バリ島の主要産業である観光業に
多大なるダメージが与えられました。



しかし、
バリ島に住んでいる
少年ガムラン隊の笑顔の中には

災害で不安な感じはみられません。

実際にウブドやサヌールなど
観光地には全く噴火の被害も災害の影響もありません。



僧侶の祈りが届き


再びバリ島に沢山の人達が訪れる、
そう信じて手を合わせます。







護摩供養法要終了後は

ウィーン国立音楽大学在学中(十八歳にて現役合格)
観音寺ご令嬢の弘美さんの演奏と
バリ島の画家・イマン氏との
コラボ企画で

法要に参列された地元の方々に
音楽と絵画を
楽しんで貰いました。


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また


今回の旅行には小学生が二名参加しました。


この子たちが大きくなったとき

父親や仲間の僧侶が
どのような思いで
バリ島で護摩供養したのか

そして
僧侶として生きる道を選んだ
父親の姿を

理解してくれることを期待して

成長を見守りたいと思います。

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一日も早く
バリ島に沢山の観光客が戻ることを
願っています。



ヨメ旅inバリ島④に続く…   


テラのヨメ











旅inバリ島②


12月10日は朝からビダダリにて
一乘院本堂十三仏欄間
並びに
十一面観音菩薩像作成の打ち合わせ


ビダ・ダリとは
今、とてもお世話になっている
スディアナ・ブンデサ氏が
社長を務める会社で

奥さまの浩美さん(九州出身)と共に


ウブドという彫刻の町を起点に
彫刻芸術の保存、企画展、販売を手がけ

オーガニックを提供するレストラン
自然食品、自然化粧品
そして世界各国の文化交流や文化振興などを
手がけています。



何より
スディアナ氏は信仰心に篤く
ご両親もバリ・ヒンドゥー教の僧侶でもあります。


そして

誰とでも友達になれる

素晴らしい社長です。



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(左・スディアナ氏  右・スディアナ氏の父)


今回の旅行には、
松井建設九州支店副支店長の北原氏に
同行してもらい

欄間制作の現地スタッフとの
明確な打ち合わせが主な目的です。


(電話やメールじゃ、やっぱキチンと伝わらないので…)



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現在、ビダダリには
本堂十三仏欄間の他に、

聖天堂に安置予定の
十一面観音菩薩も発注しています。

バリ・ヒンドゥー教徒の方々に
日本の仏を彫っていただく。

素晴らしい仏像が出来上がる事を期待してます。

ビダダリギャラリーでの
図案上の打ち合わせを終え

実際に作業している工房に
移動しました。




ウブドという町が観光地で
沢山のバリ島民と観光客、車にバイク
多くのショップや露店と
賑やかな印象ですが、

その周囲は

とてものどかなバリ島の風景が広がります。

雨季なので時々雨雲が襲来しますが

日本ほど蒸し蒸しもせず、
本当に田舎の風景




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これが本来のバリ島の姿なんだろうな…と
しみじみ思います。

そして、…

一乘院の檀家である
バリ島の英雄・荒木武友氏が
守りたかった風景なのかも…と


ビダダリギャラリーより
車で10分ほどの場所に工房はあり、

彫刻はこちらの工房で作業されるそうです。



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職人さん9名が
それぞれ自分の持ち場で
 
ひたすら彫って彫って彫ってました。


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北原氏は一乘院の図面も持参し
正確な寸法を計り、

職人さんたちにも出来上がりのイメージを伝えます。

当初の予定とは変更箇所があり

なかなか言葉や実際の状態が伝わらず
苦戦中…

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しかし、バリという島の人柄なのか
皆さん嫌な顔を全くせずに

辛抱強く、完成のイメージを一つしに
話し合いを続けます。



さてさて
「はたしてこの欄間の重さはどれぐらい?」

北原氏の素朴な疑問に

工房には計りなどはないので
正確な重さは不明でしたが



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職人さん8名で持ち上げてみることに…

北原氏「男8人で持ち上げられるのか…450キロぐらいかな…」

450キロ?
…お相撲さん、4人分ぐらいかな…

想像がつきません…


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予定ではあと完成まで二年かかる
本堂十三仏欄間ですが

「一乘院の檀信徒の皆さんが完成を待っています」
と伝えると

「頑張って早く仕上げます」

と約束してくれました。

言葉は全く通じないけど
とても気の良い職人さんたちでした。


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十三仏欄間の視察、打ち合わせを終え、
場所を移して
夕方から
グヌン・ルバー寺院に参詣に行きました。

今回のバリ島旅行

九州詠歌青年会の仲間で
九州、石川の真言宗僧侶とその家族が
8日からバリ島に来ていまして、
現地合流し

日中はそれぞれ別行動し、
夕方に合流という形を取っていました。


こちらのグヌン・ルバー寺院を参拝する際には
一般の方はサロンを準備して
正装しなければお参り出来ません。

「バリの人は正装することを重視します」
と言われました。

バリ島!バカンス!

と言って
普段出来ないようなバカンススタイルは
この島ではできるだけ避けた方が良いのかもしれません。

グヌン・ルバー寺院は
8世紀に
ジャワの高僧ルシ・マルカンデャによって建てられましたが
2014年にスカワティ王家によって修復され、
その修復完成法要に
九州詠歌青年会有志一同が参加しました。


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10日当日も
スカワティ王家の方も来ていただき、
一緒にお勤めすることが出来、

日本の真言仏教
バリのバリ・ヒンドゥー教

同じ仏を拝むという
機会を作っていただきました。



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そしてみんなで集合写真。



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(㊟中央のかわいい息子さんは、我が家の三男坊ではありません)


しかし、この集合写真が、
帰国直前に「信用」というカードになるとは…





          ヨメ旅inバリ島③に続く…


テラのヨメ

こんにちは、テラのヨメです。
12月9日から14日の予定で、
インドネシア・バリ島に行って来ました。

バリ島旅行に行って良いとの許可が出まして、
早速パスポートを申請し、
今回は小学3年生の三男坊も一緒に行きました。

我が家からは
住職、私、三男坊

バリ島旅行です。


初の東南アジア、
ということで
わくわくドキドキのテラのヨメ。

今回の旅行は個人旅行でしたが、
阪急交通社に航空券の手配はお願いしました。

なんせバリ島。
本当のバカンスです。

白い砂浜、青い海、
花柄のおしゃれなドレスには
大きな花の付いたサンダル
大きな果物の刺さったトロピカルジュース…

今年は里帰りする旅費を
全額、このバリ島旅行につぎ込みました。
ごめん、お父さん…
実家のお墓参りよりも、
常夏のバリ島旅行を選んで…


バリ島のガイドブックをひたすら読んで
気持ちだけは準備オッケー!

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12月半ばのくそ寒い福岡空港を

年中暖かいという
常夏の島、バリ島向けて飛びだちました。

シンガポールエアラインを利用してバリ島に行くので、
福岡空港からシンガポールで乗り継ぎ
バリ島のデンパサール国際空港に向かいます。

さすが世界一のシンガポールエアライン
CAの方も凄く綺麗な方ばかりで、
気配りが素晴らしい。


でも…

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シンガポール→✈→デンパサール国際空港
の機内はガラガラ…

日本人ツアーの方も全くいません。

バリ島は世界でも人気観光地の一つですが
今回のアグン山噴火の影響を受け
八割近くのキャンセルが相次いだそうです。

ここ数年、バリ島を訪れている住職も
「異常だね、この機内…人がいない…」
と思うぐらい搭乗者が居ませんでした。

バリ島に到着したのは、
夜の十時。

空港にはいつもお世話になっている
ビダ・ダリ工房のスディアナ氏の奥さまの浩美さんが
遅い時間なのに
わざわざ
空港まで迎えに来ていただき

まずは宿泊予定の
Natya Resort Ubud(http://www.natyaubud.com)
に移動しました。

なんせ時間は夜の十時過ぎ。

バリの町中のバイクの多さ
道ばたでたむろする人の多さ
異国感たっぷりの町中

見るもの全てが珍しく
少々興奮気味でホテルに移動しました。

しかし…

Natya Resort Ubudは
空港から一時間ほどかかりますが、

え?
こんな道、通れるの?
え?
この先に町があるの?

とびっくりするぐらいの町外れ。

暗い道をどんどん進んで進んで、
坂道下って、

ぼんやりと灯りが見えてきました。

そんな中にNatya Resort Ubudが建っていました。

移動だけでぐったり疲れたテラのヨメ

なんせ
今年初めて九州から出たのです。
今年初めて飛行機に乗ったです。

部屋は各部屋コテージタイプ。
コテージに移動するときも、
周囲はぼんやりしているので、
何がなんだか分からずに移動…

聞こえる音は
カエルの鳴き声(ウシガエル系)

でも

部屋に案内されると

初めてのお姫様ベット!
もう、これだけで

満足です!

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異国に来たので興奮して眠れない~(((*´ε` *)♡

なんて思っていたけど、

超爆睡 zzzZZZZZZ

お姫様ベットは良く眠れました。


朝日が昇り、

起きて外を眺めてみると、

ホテルの周囲は密林

なんか、すげぇとこだ…( ̄Д ̄;)

と言うしかありません環境でした。



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そしてテラスに出てみると、
三男坊は早速リゾート気分



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周囲には
民家はほとんどなく、
夜はカエル
朝は鶏
と、

素朴な朝を迎えました。


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浩美さんに

「何故、
こんな道もなく
大きな町から離れた
(辺鄙な所に)
こんな豪華なホテルがあるんですか?」


とても失礼な疑問を投げかけたところ

「何故、
日本はこういう自然の素晴らしい所に
ホテルを作らないのですか?」

と反対に質問をされました。


うん

そうですね。

確かにそうですね。

日本では交通手段を重視します。

流行の宿泊先には必ず高速道路は通っていて、
便利な所に建物が建っています。

交通に便利でないと、
泊まりに行くのを躊躇います。

でも、

周囲に何も無く

BGMはカエルの鳴き声(ウシガエル系)

雑音も
車の騒音も

なにも無い所で

気持ちを清めるのが

本当のバカンスなのかもしれません。

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②に続く…













こんにちは、テラのヨメです。
突然ですが、昨日12月15日に
インドネシアバリ島より帰国しました。

ヨメ、15年ぶりの海外旅行です。

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一言いいますが

バリ島に旅行に行って下さい。
絶対良い所です。

噴火?レベル4?

全く問題ありません。
本当に問題ありません。


最高に素晴らしい島です。
本当に綺麗な島です。
良い人多い島です。
神様がたくさんいる島です。



バリ島旅行に否定的な報道がされ、
あまりの観光客の激減で

反対に好待遇でした(笑)


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身の危険を感じる事は全くなく(ホント)
島の人達は親切で(ホント)
意外と食事も口に合い(ホント)
雨季だけど雨もすぐ止むし(ホント)


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とにかく、また何処かに連れて行って貰えるなら

バリに行きます。

今のヨメが行きたいところは

バリ北海道しかありません。

それぐらい楽しく、オチもきちんとあった
テラのヨメの旅inバリ島でした。



今回の旅の目的は、
一乘院が発注している十三仏欄間の視察
近年中に予定の法要予定地である仏教遺跡の視察

そして、
バリ島への平和祈願護摩供養法要のためです。

遊んでいません。
ヨメは海で遊んでいません。
プールでも遊んでいません。
川でも遊んでいません。

でも

とても有意義な旅行となりました。







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ネットで遊んでいると

今回のアグン山噴火の件があって
旅行を迷っているという方が多くいるみたいですが、

それよりも日本にも活火山いっぱいあるし。

九州の山も
しょっちゅう噴火しているし。

なんだか…

条件一緒の気がするんですけどね… (´・ω・`)

迷ってる旅行予定の方がいらっしゃいましたら

是非、バリ島に行くべき
テラのヨメはオススメします。


テラのヨメ




こんにちは、テラのヨメです。

10月下旬、
聖天堂の解体工事が行われました。

257年という長い間、
この水ノ浦の地に歓喜庵として建立されていた
古いお堂です。

近年
台風の被害、白アリの被害などを受け
建物全体の老朽化が進み

この度
檀徒の寄進を受け

再建という新たな一歩を踏み出しました。
(聖天堂について詳しい内容は


来年の三月の再建を目指して

しばらくの間
堂内に安置されていた
聖天様と毘沙門天、弁天様の三体の仏様は
本堂に移動されました。

どんよりした曇り空の元、
トラックに廃材と化したお堂の一部が
積み込まれていきます。




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全ての撤去が済み
聖天堂跡地は石垣工事のために
しばらく立入禁止となります。

あるはずのお堂がないという一乘院

しばらくの間、ちょっとだけ寂しくなります。


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テラのヨメ


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